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2020年12月 2日 (水)

内親王の恋愛

秋篠宮様がお誕生日の会見で、眞子様の結婚を認められました。

この結婚に否定的な国民が少なくありませんが、眞子様は小室さんと結婚するしかないと思います。
どんなに周りが説得しても、どんなに国民の反対があっても、諦めることができないほどの思いがおありなのですから、無理やり引き離して他のどなたかと結婚されても思いは強く残り続けるでしょうし、それはご本人にとっても夫となる方にとっても不幸なことです。

いかなる運命が待ち受けているか、ご自身で身をもって体験なさるしかありません。

小室さんが眞子様を幸せにできるのかどうか色々な情報を知るにつけ不安しか感じませんが、他にやりようがあるでしょうか。

案外、国民が心配するほどのこともなく幸せなご家庭を築かれるかもしれませんし。

どうか幸せになられますよう心からお祈りいたします。

 

それにしても、こうした俗っぽい騒動を見るにつけ、もう皇室も限界かなあという気がいたします。

上流階級の中だけで縁組することは難しくなっています。
一般社会との距離も縮まり、知り合った異性と自由恋愛ができる時代です。

それは怪しげな平民と出会うリスクも高まるということです。

世界の王室でも同じように、近づいてきた一般人との恋愛騒動が起こってしまうのは、高貴な方々と一般社会との境界線などなくなってきたからでしょう。

 

妹の佳子様が「結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています。姉の一個人としての希望がかなう形になってほしいと思っています」と述べられていました。

若い世代の皇族方がこういう考えをお持ちになるのは当然の成り行きでしょう。

個人の自由が著しく制限される皇室に、望んで生まれたわけではない、選挙で選ばれたわけでもない。
常に監視され、ちょっとしたことで批判され、反論することもかなわない。国民が持っている数々の権利を皇族は持たされていない。
皇室が日本という国の芯となりその伝統を支えているのは理解するけれど、その伝統によって「個人」を押しつぶされる自分たちとはいったい何なのか・・・

このように思い迷うこともおありでしょう。現代を生きる人間として自然なことと思います。

あるいは、皇族方は生まれながらにして皇族なのだからそんな疑問は持たず、皇族としてなすべきことには忠実でありたいと考えながら、「この点においては個人の自由がほしい」という程度のことなのかもしれません。

しかしながら、国民の側からすると、何と窮屈で不自由な人生を私たちは特定のご一家に強いているのだろうと心苦しく思わずにいられません。

皇室という聖域が時代の変遷につれて実社会との接触が増え、その度合いが進めば、一般人と変わらなくなる。その時皇室の「権威」とか「品位」とかいうものを保ち続けることができるのでしょうか。
いくら「国民のための祈り」や数々の公務などをこなされたとしても、皇室に対する尊崇の念は徐々に薄らいでいくのではないか。そう感じている人も少なくないのではないでしょうか。

ただただ「日本物語」を現在進行形で存続させるためだけに、皇族方をそこに据え、血統の継承のためといって旧宮家の皇族復帰を画策するなど、そんな無理やりなことをする意味があるのかどうか、考えてみたいと思います。

<続く>

 

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