「逃げ恥」を観た
何年か前に評判になったテレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」をネット配信で見ました。
あり得ない設定で、時にバカバカしいと感じる台詞もありますが、それでもかなり惹き付けられ全11話一気に見てしまいました。
ま、あり得ないことを描くのがドラマなのですから、そのあり得なさを存分に楽しめばいいでしょう。
しかし「あり得ない」とは言え、実際に昔はあった事実を誇張したりデフォルメしたものと考えれば、楽しいだけでなく、社会の問題点も示唆してくれていると思えます。
恋愛関係にならないまま同居を始める、という手順が昔のお見合い結婚を思い起こさせるのです。
昭和の時代、年ごろになれば大半の男女が経験したお見合いは、まことに合理的な結婚の手段でした。
お膳立てされた場所で初めて会った時にお互い「感じ悪くないな」と思えば、何回かデートを重ねた後に、特に問題がなければ自然に結婚という流れになっていったのです。
深い関係を結ぶこともないまま同居が始まるわけで、男女の関係をぎこちなく構築していく様子はドラマの設定に似ています。
もちろん、お見合いでも「ひとめぼれ」はあったでしょうし、お付き合いしていくうちに淡い恋愛感情が芽生えることのほうが多かったでしょうが、それでも、今の時代に比べて男女ともに距離を縮めるのに苦労するほどウブだったと思います。
ドラマは、他の様々な社会問題も取り上げていたし、脇役もそれぞれとても良かったけれど、何より主演の新垣結衣の可愛さと星野源の堅物ぶりが一番の魅力でした。
星野源演じる平匡(ひらまさ)のような男性、つまり性格が良くて真面目に仕事もこなす彼のような男性は、たとえ恋愛下手でも昔ならお見合いで簡単に結婚していたでしょう。
良い家庭を築きそうだけれどもその良さが女性に伝わりにくく、加えて女性に積極的になれない男性が少なくないとしたら、今の時代、新垣結衣演じるみくりのような女性が出番なのかもしれません。
ずいぶん前のドラマなので、こういった考察は各所でとっくになされているとは思いますが。
ドラマには、女性に不自由しないカッコいいモテ男も登場します。
平匡が、みくりに「可愛い!」と言われて、「男に対して可愛いとは・・・」と戸惑うシーンがあるのですが、彼女は力説します。
「『カッコいい人』はカッコ悪いところを見せられると幻滅するけど、『可愛い』は何しても可愛いんです!『可愛い』の前には全面降伏!『可愛い』は最強なんです!」
そうですね。
みくりが完全ノックアウトされた平匡の「可愛すぎるふるまい」は素朴で純粋で、決して「カッコいいイケメン」には見出せないものです。ここらへんの演出は実に巧みです。
美男美女の恋愛ドラマというのはありきたりでなんかイラっとしますが、美女と非イケメンの恋というのはなぜか胸にグッときます。こんな感じ →「蠣太と亮太」
フェミニストが忌み嫌う「母性」という言葉がフワッと浮かんできて、このドラマ、「男も女も原点に返ってみては」という提案のような気がしないでもない。
「いやいやいや、それ違う」と言いそうな人が多そうな世の中、人類が原点に返ることはこの先ないでしょうが。
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