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2022年10月22日 (土)

最大多数の最大幸福

れいわ新選組の天畠大輔議員が昨日予算委員会の質疑に臨みました。重度障害で喋ることができません。
通訳介助者による「あかさたな話法」で質問したとのことですが、そのやり方ではずいぶん時間がかかったと思います。
https://twitter.com/airi_deshi_555/status/1583335623611404288

 

れいわは何人か重度障碍者を議員に当選させていますが、本来ならこういう不自由を抱えた人たちの声を代弁するために活発に動ける人が国会議員になるべきだと思います。

山本代表はなぜわざわざ障碍者を集めて立候補させるようなことをするのでしょうか。
ネットでは「パフォーマンスだ」とか「利用される障碍者が気の毒だ」とかの声があります。
私もそう思わないでもないですが、質疑応答を聞いたわけではないので断定はできません。
天畠さん本人は学者だそうで、議員になって自分たち障害者の生の声を国会で表明したいという強い希望があったのでしょう。

しかしやはりこのような重度障害者が通訳介助を通して国会の時間を延々と使うのは現実的ではないと思います。
スキャンダル的なことに執着して野党がいつまでも国会を空費させるのをやめるのであれば、その分の時間は回せるとは思いますが。

まあこれは価値観の違いですからどっちが正しいとは言えません。

「どんな障碍を持っている人も健常者と同じ生活をする権利がある。遅々とした歩みでも良い、誰もが生きやすい社会、むしろ健常者が障碍者に(強者が弱者に)合わせる形の社会に変えていくべきだ」という価値観を持ち、そういう国を作ることを目的として活動している人がいます。

一方、「効率」とか「自由競争」とかの価値を重視して、弱者への配慮ももちろん怠りなく、活力のある発展社会を維持すべき、と考える人もいます。

この価値観・国家観・世界観の違いは話し合っても到底相容れないものではないでしょうか。私は一つの国の中でこの両者が覇権をめぐって争うことには意味がないと思います。だってどちらが正しいなんて誰にも言えないのだから。

極論を言えば別々の国に分かれるしかないでしょう。

日本には選挙制度がありますから今のところ後者を選んでいるわけですが、万が一れいわ新選組とか共産党が政権をとれば日本社会はガラッと変わるでしょう。というか全く別の国になると思います。

国民の大多数が幸せになるかどうかはわかりませんが。

 

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