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2024年4月30日 (火)

ただ政権を奪うだけではダメなのよ

衆院補選は3区とも立憲民主が取りました。
これでは解散総選挙もいつになる事やら。

 

不祥事続きの自民党にお灸をすえてやろうと野党に投票して政権交代が起きちゃったのは15年ほど前でしたっけねぇ。

政権に就いた民主党は、「我々ならできる!」と事前に威勢よく約束していたことが何一つできず、特に防衛・外交面で失態が続きました。

まともな国家観を持たない活動家みたいな人たちが政権をとっても現実の政治に対処できないということがわかっただけでも良かったのではないか、とあの頃は思いました。→ 「総理の自己実現」 

 

しかしあの頃のことをもう忘れてしまったかのように、今回また立憲民主に票が集まってしまいました。

旧民主党系の議員で作った立憲民主党が再び政権取っても同じことになるんじゃないでしょうか。
民主党はもうない、今は違う党だ、みたいなことを言ってますが、色々眺めていると党名が変わっただけで成長の証など見ることができません。
おまけに共産党と選挙協力するとなると、内閣には入らないとは言っても影響力を及ぼしますよね。うまくいくわけがないと思います。

国民民主党や維新の会の方がずっとマシじゃないかと私は思うのですけどねえ。
これらの党には、単に自民党から政権を奪うことを目指すのでなく、力をつけて自民党にとって脅威になるような野党に成長してほしいと思います。そのためには自民党と連立を組むなりして一度与党を経験することが必要なんですよね。

 

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 関連記事:

   「目も眩む時代」 

   「自民党に不満 民主党に不安」 

   「ヒステリック」 

   「自民党よ、男らしく」 

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2024年4月27日 (土)

人生を決める何か

もう87歳になる画家の横尾忠則氏が週刊新潮にエッセイを連載しています。

ちょっと前にこういうのがありました。

≪子供のころから僕はあれがしたい、これがしたい、あれがほしい、これがほしいというような欲求があまりなかった。
受動的な生き方がいつの間にか形成されていった。≫

≪何かが不足しても、きっと誰かが与えてくれる。
何の根拠もないのに、すべてうまくいくという不思議な予感があった。≫

≪自分の意志はないのか? と聞かれれば答えは「ハイ、そうです」≫

≪野望も野心もなく、日常生活において絶対こうでなくてはならないというのは滅多にない。

≪優柔不断でめんどくさがり屋というのは、生まれる前の宿命が決めたプログラミングだったのかもしれない。
人間は結局そのプログラミングに従った生き方しかできないのではないか。≫

 

これはまるで私だと思いました。

昔から自己主張がなく、受動的で、生活のほとんどのことはなるようになっていたので、流されるままにぼんやりしていただけの子供でした。

それでも幸せに生きてこられたのは親をはじめ、周りが動いてくれたからでしょう。

 

そんな私でもある程度の年になると自分の意志でいろいろと「冒険」をしてはみるのですが、それらが何か転機になったということは全くなく、まるであらかじめ敷かれていたかのようなレールにいつも引き戻されるような人生でした。

横尾さんの言うように、人の一生はプログラミングされていて運命は決まっているのかもしれないと思ってしまいます。

 

ところがですね、そんな「どうでもいい体質」の私でも、日本という国のこととなると俄然、譲れない主張をするんですね。

我欲は希薄なのに自分の住む国の利益を守る事には熱心、といった質(タチ)の人はこの世の中そんなに珍しくないと思います。

そういう人は国の未来、つまり子孫の存続に強い思いを持っていて、そういう人がある程度の割合で存在することが国の滅亡を防いでいるのかもしれません。

そういう人たちの中で頭脳明晰な人や行動力のある人が国の仕事に携わるようになってるんでしょうね。政治家などは必ずしもそうでないかもしれませんが。

 

芸術家の横尾さんは「こと創造の域に関与してくると俄然、自我を発揮するが、それ以外のところでは優柔不断というかどうでもいい曖昧な態度になる」と言います。

何に対して自我を発揮するのか人それぞれだと思いますが、何でもかんでも自我を通そうとするような人があまり多くなるのは全体にとって良くないことでしょうね。

多くならないように誰かが人それぞれの役割をプログラミングしてたりして😃

 

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2024年4月22日 (月)

危険な国とはビジネスしないほうが

≪亜細亜大の中国人教授、消息を絶つ≫ というニュースがありましたけれども、日本で暮らしている中国人(特に知識階級)が国へ帰った時に当局に拘束されて音信不通になることは以前からよくあります。このところすごく増えているように思います。

人権無視の恐ろしい国だということがわかっていながら、世界の国々は中国との付き合いをやめることができません。

中国という巨大市場で儲けたいという目的を優先したいんでしょう。
わかっちゃいるけどやめられない。中国中毒ですね。

日本はせめて再エネ事業だけでも中国に依存するのを止めたらどうなんでしょう。

  産経「正論」≪中国を利するエネ政策を止めよ≫キャノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 

杉山氏は「中国は日本に対して直接的な工作をする必要すらない」と言います。
つまり、親中日本人がいくらでも協力してくれる、ということでしょう。

≪日本には「使える愚か者(useful idiots)」がいる。これはレーニンの言葉であり、資本主義国には、本人には特段の自覚すらないままに共産主義国のために働く愚か者がいる、と言うことである。≫

嘆かわしい。

とにかく中国をこれ以上太らせないように努力しましょうよ。

 

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  怪物には近づかないほうがいい:
  

     「壊すには大きくなりすぎた」 
  
   「逆ギレ」 
  
   「自由主義対全体主義」 
  
   「話し合い?無理無理」 
  
   「お金をもたらしてくれる怪物」 
  
   「悪に屈服するしか道がないとは思えない」 
  
   「時すでに遅し、か」

   「脱中国」   

   「中国とつき合わなければいけない理由」 
  
   「『中国を刺激してはならない』が元凶」 

 

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2024年4月19日 (金)

国家の意思

昨夜のBSフジ「プライムニュース」に拉致被害者の蓮池薫さんが出ていました。
蓮池さんがテレビの討論番組に生出演されるのは初めてのことだと思います。
非常に冷静で穏やかで賢明な人だという印象を受けました。

出演者は他に櫻井よしこさんと慶応大学教授の礒﨑敦仁さん。

 

拉致問題は長年にわたってほとんど進展がなく、番組でもその解決の難しさが改めて浮き彫りになりました。

司会の反町さんが「拉致されて北朝鮮に囚われている日本人は数十人(数百人かもしれませんが)。一方、核ミサイルの攻撃を受ければ、数百万の日本人の命が失われることになります。それでも、拉致問題を優先するべきなのか・・・」といった意味のことを遠慮がちに櫻井さんに問いかけました。

こういうことは北朝鮮問題について六か国協議が繰り返されていた頃から言われていました。

櫻井さんは「拉致された日本人を取り戻す、それは日本国の意思なんです。国家としての姿を見せなければならない」と言明しました。

拉致されて帰れない人は数十人、北朝鮮に核攻撃を受ければ犠牲者は数百万人・・・、これは数の多寡を比べてどっちを優先する、というような問題ではないと私も思います。

拉致された人々のことはもうあきらめて、北朝鮮との国交を結び、経済協力をして北朝鮮が非核化すれば事態は好転する、という考えは馬鹿げています。

北朝鮮の支配者が金一族である限り、国交を結んでも核問題が解決するとは到底考えられません。

核兵器って使えない兵器なのですよ。北朝鮮が使えばそれは自国の破滅を意味します。そんな簡単なことを北朝鮮の指導者たちがわからないはずはありません。

自暴自棄になって発射するかもしれない、そうでしょうか? 自分たちの延命が何よりも大事な連中が、たとえどんなに困ってもそんなことができるとは思えない。

いずれにしても、交渉で核兵器を破棄させることなどできないと思います。
いくら経済援助を取引材料にしても、あの貧しい北朝鮮がせっかく手にした核兵器を捨てるわけがないのです。

「使えない兵器」とは言っても、それを持っていることで、交渉もでき、譲歩を引き出すこともできる。

「フッフッフ」 
「目指すは世界平定」 


経済援助だけ手にし、核兵器廃棄したと嘘を言う、そんなことになるのがオチです。

今までそうやって騙されてきましたよね。

 

捨てないし、使えないし・・・そんなものに振り回されるより、理不尽に誘拐された同胞を絶対に取り返すという国の意志を貫く、それが大事だと思います。

蓮池さんは「原則を曲げないこと。国交を先にやってはダメです」とはっきり言いました。

お兄さんの透さんは全く違う主張をする極左活動家みたいになってしまいましたが💦

 

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      関連記事:「悲しい」 

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2024年4月16日 (火)

自分がそこにいる

昨日のニッポン放送「辛坊治郎zoomそこまで言うか」での、森岡毅氏のお話には驚きました。

森岡さんは株式会社「刀」代表取締役CEOで、テーマパーク再建を手掛けています。
(森岡さんについてはここでも取り上げたことがあります→「インバウンドで稼ぐ」) 

こういうの体験してみたい、とずっと思っていたのですが→「だって脳がそう認識するのだから」 なんと、そういうテーマパークが森岡さんプロデュースでお台場にできたというのです。

そこには10個以上のアトラクションがあって、「シャーロック・ホームズの冒険」とか「吉原のおいらん道中」などの紹介がありました。

イマーシブ(没入感)を味わえる空間で、「観客として見る」のではなく、自分がその中に入って行動できるのだそうです。

具体的にどのようにそのVR世界に入っていくのか、しくみについてはわかりませんが、是非体験してみたいものです。

それが「錯覚」ではなく「現実だと認識する」というのですが、どんな感じなのかなあ。

さらに沖縄にもっと大規模なイマーシブテーマパークを計画していて、来年の夏には開業したいと言ってました。恐竜に追っかけられたりするみたいです😃

こういう娯楽がどんどん進化して、人間が仮想と現実の区別がつかなくなってしまう危険性があるのかどうかはわかりませんが、どんなに憧れても現実には絶対に手の届かない時代や場所に一度ぐらいは行ってみたいと思います。

 

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・・・・と書いて記事をupし、ツイッターで「イマーシブ」を検索したら、なんだ、私の思ってるのと全然違う。

役者さんたちが演じててその中に入っていけるっていうだけみたいです。映画「アバター」みたいなのを想像してたのだけど、VRではないのね。

ま、考えてみればそんなのできるわけないですよね💦 脳がおかしくなっちゃいそうだし。

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2024年4月15日 (月)

日本人と桜

私の住む地域では桜は終わってしまいましたが、東北に桜を見に行った娘が今を盛りに咲き誇るソメイヨシノの画像を送信してくれました。東京と違って人でごった返してないのでゆっくり楽しむことができた、と。

産経新聞連載エッセイ「モンテーニュとの対話」(桑原聡)で≪願わくは満開の山桜の下で≫と題して桜と日本人の心について綴られていました。

豪華絢爛なソメイヨシノの咲きぶりに「低級な桜」と嫌悪感をあらわにしたのは評論家小林秀雄だそうですが、ソメイヨシノの美しさに感動しながらも「山桜の方が好き」という人は日本人には少なくないのではないかと思います。

私はどちらも大好きですけど、江戸末期に作られて明治以降日本中に広がったソメイヨシノでなく、元々自生していて古くから詩歌などにも盛んに詠まれる山桜の方が日本人としての自分の心情に合うと感じる人もいるでしょうね。

 

≪・・・・・ないがしろにできない重大な問題があった。それは日本人が桜に仮託してきた「日本精神」「武士道」「大和魂」だ。
桜が象徴する3つの精神から昭和の日本人は自由になれなかった。桜に仮託した民族の精神は、平成に入ってから、すなわち半世紀の時間をへて忘却されるようになった。果たしてそれは日本人として喜ぶべきことなのか。悲しむべきことなのか・・・。私は判断を保留したい。______≫

 

時代も人も変わっていくのは仕方がないかもしれませんが、折に触れて日本人の来し方をたどってみることがとても大事なのだと思います。

 

大抵の日本人が、年を取ると「来年の桜を見ることができるだろうか」という心境になります。
人生の終焉に結び付けるようになるんですね。

因みにモンテーニュの言葉としてあげられているのが:

≪我々は静かに人間の宿命に堪えなければならない。いくら医学がひかえていても、我々は老いるように・衰えるように・病気になるように・できているのだ≫

≪お前は病気だから死ぬのではない。生きているから死ぬのである。死は病気の助けを借りなくたって、立派にお前を殺すのである≫


日本人は

≪願わくは 花の下にて春死なむ その如月の望月のころ≫(西行)
≪敷島の 大和心を人問わば 朝日に匂ふ山桜花≫(本居宣長)

などの歌をしみじみと味わいます。

 

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  関連記事:「春爛漫」 
         「春がきた」 
         「朝日ににほふ山桜花」 
     
         「桜の国の静かなる気迫」 

 

 

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2024年4月11日 (木)

本当なのかどうなのかもっと突っ込んでほしい

あの手この手でリニア中央新幹線開業の邪魔をし続けた川勝平太氏は静岡県知事を辞めましたが、その理由が差別発言の他に「リニア開業延期で区切りがついたから」と隠さず言いましたね。
開業を阻止することが目的で知事を続けていたと白状したようなものです。

あれこれ難癖つけて静岡県内の工事をさせないようにしてたのですから、静岡県以外の世間はそんな風に思っていましたが、自分の口から堂々と言うその神経にびっくりです。

ではなぜリニアの開業を遅らせようとしていたのかというと、中国に先に開業させたかったからだとか、川勝氏の支援者であるスズキ自動車の鈴木会長とJA東海の葛西元会長(故人)との確執だとか言われています。
「わたしの部屋」の十七匹橋さんの記事→https://plaza.rakuten.co.jp/tsuchi007/diary/202404100000/

どちらにしても言語道断。

開業の遅れによって工費の上乗せや経済損失が出、10兆円以上と言われる経済効果もあおりを受けるということです。
これほどまでに国益を損なう行動を続けたその動機が中国のためとか個人的な恨み? ちょっと信じられませんが。

ところが、マスコミはこの川勝氏の背景についてはあまり掘り下げようとしていないみたいです。

自民党政治家の「悪行」には重箱の隅をつつきにつついてこれでもかと責め立てて大騒ぎするのにねえ。

 

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2024年4月 7日 (日)

身ヲ修ム

産経新聞「正論」≪没後30年福田恒存の乃木大将観≫(文芸評論家 新保祐司)で、次のような記述に目が留まりました。

<内村鑑三は、『代表的日本人』として、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人の5人をとりあげたが、西郷から後の近代で「代表的日本人」を選ぶとしたら、私はまず乃木希典に指を屈する。乃木大将は、「旅順攻略戦」やその殉死によって、敗戦までの日本の国民にとって武士道という日本人の生き方の真髄を体現した古武士ともいうべき人だったからである。>


「代表的日本人」って何でしょうね。
日本人にはこういう人が多い、ということなのか、質の差はあれ、日本人は全体的にそれらの人々に代表される特性を持っているということなのでしょうか。
これらの偉人についてよく知りませんが、たぶん、私心がなく、慈悲心があり、国全体のこと、つまり人々の幸せを第一に考え、そのためには命をも惜しまなかった人たちなんだろうと思います。

彼らのように生きる日本人がそんなにいるとは思いませんが、少なくとも、戦前の日本ではきっとそういった偉人たちを通して修身の教育が行われていたのだろうと思います。人はこうあれ、日本人はこうあれ、と教えたのだと思います。
子供たちに身を律することの大切さを教えたでしょうし、あれほどの大物になれなくても、尊敬の対象として胸に刻まれたと思います。

戦後になると、私心を抑えることは悪いことで国民は「国のために生きるわけじゃない」という考え方を持つようになり、修身は悪い教育とされてしまったので、子供たちが目指すべき日本人像は消えてしまいました。

 

よく知らないのですが、外国には「代表的〇〇人」みたいな考え方はあるのでしょうか。
各国に偉人はいるけど「代表的〇〇人」と呼ばれるような人はいるのでしょうか。知識がないのでそういうの全然思い浮かびません。

アメリカは、リンカーン?エジソン?キング牧師?・・・代表的アメリカ人でもないような。

イギリスは、チャーチル?ニュートン?ネルソン提督?・・・

うーん、みなさん凄腕の偉人ではあるけれど、〇〇人としてお手本にすべき、というのとちょっと違いますよねえ。

成し遂げた偉業が賞賛されるのと、人物そのものの気高さに尊敬の念をもって日本人の指標とする、の違いなのかな、よくわかりませんけど。

日本の江戸時代や戦前の教育では、ただ知識を与えるのでなく、立派な人間を育てるということ、つまり道徳教育が重視されていたのでしょうかね。


今の時代、「政治家の質が落ちた。国益より私欲優先なのか」とか言われます。政治家に限らず、どの分野でも人材の劣化を人々は嘆きます。

日本人の質が落ちたのが事実なら、まさにその「代表的日本人」を育てる教育をやめてしまったのも原因のひとつではないでしょうか。

18年ぶりに昨夜から始まったNHK「新・プロジェクトX」では、東京スカイツリー建設に携わった無名の誇らしい日本人たちの姿を見て頭が下がりましたけど・・・

 

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関連記事:「磨けば光る日本」 
      「基礎と柱はしっかりと」 

      「みんながみんな国民」 

      
       「鞍馬天狗」

 

 

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2024年4月 6日 (土)

国がなくなる時

イヌワシさんのpost →https://twitter.com/inuwasi2/status/1763576903716532564

エリザベスさんの言ってることに共感しない人は今ではほとんどいないと思います(日本転覆を目論む反日左翼勢力を除き)。

たしかに価値観のまるで違う他国の人が日本に住み着き、家族を増やし、外来種の強さを発揮して弱い在来種を駆逐してしまう未来は欧米で起こっている混乱を見るまでもなく容易に想像できます。

10年以上前に「多様性には境界線が必要」と言った作家の曽野綾子さんは凄まじいバッシングを受けました。→「to be or not to be......」

評論家の内田樹氏などは曽野さんのことを「低調な知性の持ち主」とまで評して罵っています。→「地球に棲む日々」 

 

蔓延る力が弱い種が逞しく強い種に負けるのは当然のことなのです。

自国の法律や制度を盤石に整えて外国人の侵食を全力で防ぐのか、それとも称揚されるべき多様性なる価値観にまかせ、いずれ国が外国勢力に乗っ取られるのも良しとするか、日本人はどちらの道を行くのでしょうか。

同じ日本人でも左翼勢力は後者を選ぶがゆえに「多様性」を連呼し、外国人の選挙権や生活保護その他さまざまな優遇措置は当然の権利と主張しているのでしょうか?
それとも先を見通す能力がなくのん気なだけなのか。

政府としては外国人労働力を入れなければ日本の産業は成り立たない、それは日本の衰退を意味する、という考えなのでしょうし、それは国の存続に責任ある立場として理解できます。

 

しかし「国の存続」っていったいなんでしょうね。

日本人が少数派になって他国に乗っ取られる形で文化や伝統が破壊されても、一応「日本」という呼称が残っていればそれは国が存続しているということなのか・・・

 

私はいずれ国境はなくなり世界は一つになると思っています。

でもそれは今じゃない。日本の精神が世界に行き渡る前にそんなことになったら世界は破滅するぅ~(^0^)

 

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   関連記事:「世界はひとつ その2」

 

 

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2024年4月 3日 (水)

無意識の差別

SNSの発達で誰もが自由に意見が言えるようになりましたが、そこには良い面悪い面があります。
「本音を言える」というのはどっちでしょうね。

ネットでなければ言えない本音というのは、何も悪口だけではありません。

 

リアルな社会ではほとんど話題にならないことですが、障碍者への批判がネットでは遠慮なく行われるようになりました。

「障碍者への批判」という言い方は不適切で、要するに健常者だろうが障碍者だろうが、同じ人間として社会のマナーやモラルやルールに反することをすれば批判されるのは当然、ということです。
体が不自由な部分に関してはもちろん必要な支えや気遣いはあってしかるべきですが、それ以前の、人としてのふるまいは誰でも平等に心がけるべきものでしょう。

ちょっと前、車椅子の女性が映画館でスタッフに我儘とも言える無理難題を言い、聞いてくれなかったといってその出来事をSNSで披露したところ、批判が集まりました。

その女性は色々と無理筋の反論をしていたようですが、結局矛を収めたのかどうかその後どうなったかは知りません。

 

障碍者が遠慮なく批判されるようになったのは五体不満足の乙武洋匡さんが最初ではないでしょうか。

よく事情は知らないのですが、彼は飲食店に予約なしで行って特別の計らいを店側に要求したということで批判されたと思います。
その他のことでも乙武さんに批判が集まることがよくあります。SNSの上だけでのことでしょうが。

 

障碍者と健常者の間で批判し合ったり、喧嘩したりする、それこそ、本当に差別を撤廃した状態と言えるのではないか、と問いかけた映画が昔あって共感したことがあります。映画を観てはいないし、何というタイトルかも忘れましたし、解説文を読んだだけですが。


乙武さんは批判されてどのような反論をしているのか、それとも何も言わないのかよく知りませんが、相変わらず元気に色々な活動をされているようです。

彼が目の敵にされるのは活動家のような左翼人たちと親しく交流していることも理由のようです。

私も左翼活動家は嫌いですが、乙武さんがそういう人たちと同類かと言えばそんなことはないと思います。

安倍昭恵さんと同じく、左右関係なく誰とでも親しくできるという程度のことではないでしょうか。

 

乙武さんの4月1日のジョークを見て大笑いしました → https://twitter.com/h_ototake/status/1774588804768383124

以前「ワイドナショー」に出演していた乙武さんを時々見ましたが、本当に屈託のない人という印象です。

批判、論争、喧嘩・・・、誰かを特別扱いするのでなくみんな公平に。
それが差別のない人間関係というものだと思うのですが如何。「差別の正体」 

 

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