論じるんじゃない、感じるんだ
<前記事より>
番組では、思想史家の先崎彰容氏が「保守とは感覚である」という文芸評論家江藤淳の言葉を引いて:
「明治に入って欧米の法律を参考にし、その法律によって社会を変えようとしたけれど、現代のわれわれも日々同じことをやっている。コンプライアンス遵守だとかセクハラ・パワハラ禁止、みたいな窮屈なルールが踊り狂って、我々は自分で自分の首を絞めている。それをおかしいと感じるのが保守の感覚だ」
何でもかんでも法律を作って、国民の生活様式までそこにはめ込むようなやり方はどうなのか、ということですね。
そして「(例えば夫婦別姓に違和感を感じるのであれば)政治家は論理で説得するのでなく、われわれ日本人はこういう家族のかたちをずっと大事にしてきたのではなかったかということをもっと血肉ある言葉で語ってほしい」というようなことを言っていました。
そういうのもわかりますが、それって政治家の仕事なんでしょうかね。
保守思想を大切にしたいと国民が思うなら、それはやはり、親から子へとか、師から弟子へと、日々の生活の中で示して引き継いでいくようなものであって、政治家に責任はないかもしれない。
でも我々国民が政治家の思想傾向を見極める必要は大いにあるので、政治家はそれを語りなさい、と先崎さんは言ったのでしょうね。
保守は感覚、という考え方を肝に銘じて、日本人が大事にしてきたものを子々孫々に伝えたいと思います。
自民党は経済対策をしっかりお願いします。
おおそうだ、経済対策と言えば・・・
よろしくお願いします ⇒
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