プロデューサーとしての女性
<前記事より>
いつになるのかはわからないそんな時代には、面倒なことはすべてAIに任せて人類は芸術と哲学に生きる存在になっているのかも、とは思うものの、なぜ芸術が生まれるのか、なぜ人は哲学するのかを考えれば、それはやはり、環境や運命の不条理に人間が苦悩することが大いに関係しているからでしょう。
お花畑で楽しく歌を歌って過ごしてばかりでは、たぶん何も生み出さない。
まあ、そんなこと心配しなくたって、どんなに時代が進もうが、何度「安全安心」が更新されようが、新種の悩みは生まれ続けるでしょう。
遠い未来には、国家も家庭もなくなってるかもしれません。
ただ、哺乳類の温かみだけは持続してほしいし、人類がせっかくたどりついた「家族という到達点」を無にしないよう、しばらくの間は家庭がなくならないよう努力したほうがいいんじゃないかなと思います。
高市さんという女性総理大臣が活躍する今、私が思うのは、国家にしろ家庭にしろ運営に必要なのは「強力な指導者」というより、「調整」や「目配り」であって、それには女性が適しているのではないかということです。
もちろん、男性でもバランス感覚に優れた調整型もいますし、女性でも視野の狭い人はいます。それに外交的には強さも必要ですから、指導者の資質を一概にはどうこう言えませんが。
ただ、家族のために家庭を居心地の良い場所にするべく、高市首相ばりに一日中働いて働いて働き続ける専業主婦の価値については、もっと高く評価すべきなのでは、と思います。(私は休んで休んで休んでますけど💦)
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