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2026年7月17日 (金)

「日本であるための歴史的同一性」

前記事より> 

「愛子さまを天皇に!」などと言っている人々は、2020年(令和2年)11月8日に皇居で「立皇嗣宣明」の儀式が執り行われたのを知らないのでしょうか?

天皇陛下が秋篠宮さまが皇嗣であることを広く宣言されたのですよ。

秋篠宮さまの次の継承者は悠仁親王殿下ということも決まっています。

「愛子さまを天皇に」と主張する人たちは、このお二人を差し置いて愛子さまを天皇にしろと言っているのでしょうか。

それとも悠仁さまの後を継ぐために、愛子さまは結婚しないでずっと皇室にいればいい、とでも言いたいのでしょうか。

よくもこんなおかしな話をもっともらしく語れるものだと思うし、それをおかしいとも思わない国民が少なくないことも不思議で仕方がありません。

 

そもそも皇室を廃止したいと考える人たちが「女性・女系天皇賛成」と主張しているのです。

共産主義者やそれに準ずる人々はずっと皇室廃止を望んできました。

それを今になって「愛子さまは素晴らしい。ぜひ日本の天皇になっていただきたい」などと言い出すとか、わざとらしいったらありません。

皇室いらないと思っている人たちが皇室はこうあるべきなどと語らないでいただきたいです。


2004年、左翼月刊誌に、共産党シンパの偉い先生が「女系天皇になればこうなる」、と投稿したそうです。

https://x.com/Q34043861/status/2077375321914184165

≪『世界』2004 年 8月号
女系継承容認策を取れば、必ず正統性をと問われることになる。それは天皇制廃絶への道である。
天皇制廃絶論者である筆者(奥平康弘氏、故人、東京大学名誉教授、憲法学)は、どうぞ時流に乗って女系継承容認策をおやりなさい。それが実現した暁には必ず天皇としての正統性の問題を突き付けるぞ。果たして男系継承から外れた女系の「天皇」とやらに天皇としての正統性があるのか?答えられるのか?___という極めて挑発的な主張を展開している。≫

 

つまり、皇室廃止論を唱える憲法学者が「天皇制をなくすには、女系を認めればいい」と言っているんです。

奥平氏は「女系を認めるとこういうことになるぞ」と親切にも警告してくれているようですね。共産主義者なのに。

せっかくのご親切を無にしないよう、「女性天皇容認!」などと安易に舞い踊らないように。

「至宝」を大切にいたしましょう。


・赤尾秀一氏の解説:すごくよくわかります
  天皇の正統性とは→https://note.com/soratine/n/nc020275bbbed

・こちらの動画も→https://x.com/zaazasu/status/2078113077195891189


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コメント

皇室をめぐる議論は、これまで「誰が継ぐか」「いかに維持するか」という守りの視点ばかりに偏っていた。しかし海外に目を向ければ、北欧をはじめとする国々が王室の規模を自ら削り、国民負担と特権を減らす「新しい君主制の形」を模索している。
​主権在民の民主主義国である日本において、「伝統」の名のもとに聖域化されてきた国費の使い道や皇族のあり方をゼロベースで見直す時期が来ている。
​一般家庭並みの標準的な生活規模への見直し
​将来天皇にならない皇族の扶養システムからの除外
​外交や文化財管理の政府一元化・オープン化
​これらを実行し、天皇制を徹底的に効率化された「極小の象徴(ミニマルな象徴)」へと生まれ変わらせる議論は、決して制度の否定ではない。むしろ、納税者である国民と国家の関係をより健全でクリーンなものへと進化させる、極めて前向きでスリリングなテーマだ。日本が時代にどう合わせていくのか楽しみだ。

投稿: アップデートが必要 | 2026年7月25日 (土) 09時39分

★アップデートが必要ださん

ご意見ありがとうございます。

貴方は皇室はあってもいいが、できるだけ削ぎ落としミニマム化を図るべきだというお考えのようですが、それはすなわち皇室が消滅に向かうことを意味すると思いますよ。

皇室を維持するのに費用がかかるのは当然です。
日本の皇室を経済合理性の観点で論じていいものでしょうか。

もちろん皇室の方々は国民生活のことなど考えず贅沢三昧をなさっているわけではありません。
権威と品位を保つにはそれ相応の対応が不可欠です。
さすがに“一般家庭並みの標準的な生活規模への見直し”などということをすれば皇室の意味がなくなります。
それは皇室不要論につながります。


私は日本には皇室は必要だと思っているので、その考えには与しません。
なぜ必要かについては、たくさん書いています。例えば→「埋み火」

5・6年前に私はこういう文章を書きました。→「皇統二千年の重み」

当時は、皇統が終わるなら終わってもそれは仕方がない、しかしそれは美しい終焉でなければならない、という考えを持っていました。

でもその後、皇室がなくなって日本が日本でなくなることにたまらなく不安を覚えるようになりました。『「日本」という奇跡』

やっぱり日本には皇室が必要、と思い直したのです。

それは単に「伝統が大事だから」といったようなものではありません。

日本が日本であるために、日本人が日本人であるために、日本の心棒たる皇統はなくしてはならない、と私は考えています。

投稿: robita | 2026年7月25日 (土) 22時02分

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